近年の中国武術は套路(型)練習が主体となり、その多くは用法においても套路練習をしながら、門派の基礎となる拳理や戦闘理論を無視して、套路の中にある動きをただそのまま実戦用法として習うのが一般的になっています。従ってこれでは何年練習をしても、相手がどう動いて攻撃してきても、対応ができず。高度な理論体系を主張しても套路主体の健康法と見られてしまいます。

中国武術の本場の台湾では、北派、南派を問わずいろんな門派の宝庫といわれていますが、しかし台湾でも中国武術は套路主体の健康法と見られているので、台湾の軍隊においては、中国武術ではなくテッコンドウを採用しているぐらいです。中国大陸においては、さらにオリンピックの正式種目になろうと目指していた時期があったことがあり、今では武術性よりも、套路をいかに綺麗に見せることができるかといった套路競技が主流になってきています。

中国人同士では、機銃掃射のように中国語で舌先で鋭く相手を口撃することがあります。そのさまを「舌剣唇槍」というそうです。こうした中国で発達してきた口撃による習慣は、我々日本人から見たら苦笑いものですが、先に「手を出した方が負け」であるという暗黙のルールがあるからで、そのために相手を罵る言葉が発達したのだとも思えます。まったく全部がそうであるとは言い切れませんが、中国人同士で喧嘩より口喧嘩の方が目立つのは、中国武術にも当てはまるかもしれません。

過去において、中国武術では実際に闘ってはっきり優劣を決める試合は、実はそれほどあまり多くはないそうで、逆に一方で、他門派や同門に対する批判や中傷は現在に到るまで日常的に行われているのが現実です。日本の武士とは違い、中国で武術家同士、あまり闘って勝敗を決しない原因は、「面子」にこだわる民族性にあるからだと思われます。逆に回教徒といった少数民族は歴史的に差別を受けてきたので、反骨精神があり、好戦的な武術家が出てきています。歴史上からして大刀王五、馬鳳図(馬賢達老師の父)、王子平、馬英図(馬賢達老師の伯父)、常東昇‥回教徒から優れた武術家が多く出てきているのもこういった事情からだと言われています。

1952年に馬賢達老師が散手大会に出場して優勝をされた時に、試合の後に馬賢達老師と試合し敗れた対戦相手の弟子や同門の人たちが馬賢達老師のもとへ来て、挑戦して来た人もかなりいたそうですが、敗れた方からしたら、相当「面子」を失ったことになります。

ここまで説明すればお分かりかと思いますが、悠久な文化はあっても、「面子」にこだわる民族なので、わずかここ半世紀ほどの中華人民共和国の国家政策により、套路主体の競技武術が主流になってきたことは平和な時代が続いたことも加速したことにもつながり、自然なことだと思われます。最近では、時代が時代であるのか、動きをいかに綺麗に見せるかを重点とした試合で優勝した人がチャンピオンとして認められています。神槍・李書文や馬英図、若き頃の馬賢達老師のような時代の武術とは逆に進んでいるのが現実といってよいでしょう。

実際、現在中国本土に居住されている武術家の中でも、代々伝統が受け継がれてきた門派の伝承者というよりも、人民民主共和制を標榜する中国国家が認定する国家教練としての雰囲気が強くなり、伝統武術家においても徐々にスポーツの先生のように変貌してきているケースが多くなってきている感があります。従って悠久の歴史を持つ伝統拳術が、国家の意向に従って編纂し直した『表演競技用』の套路を上手に見栄えよく演じるために存在するようになり、武術的な要素を失わせ、そうすることによって優劣を競うことにより、見出され、まるでこういうことをやるのが目的とすることで伝統拳術を現代に存続させ得る唯一の道である、と信じられているかのように見えてきています。そんな姿はまるで檻に入れられ鋭い爪や牙を抜かれてしまった虎や獅子と同じであるといっても良いでしょう。

このことは多くの日本人の方たちには信じ難いことだと思いますが、現在の中国大陸の多くの60歳代以下の年齢の人たちは、古い漢字が読めないし、古典の漢文を読めないので、古典の知識がほとんどない。過去の伝統文化にあまり興味がなく、共産党教育によって目に見えるものしか信じない、というような現実主義者になっているのと同じかのように、武術の方も良いものがどんどん失われ、変貌しつつなってきています。

しかし、本来の武術は闘うものであり、伝統文化の中のひとつです。近年において、武術で広く勇名を馳せた武術家のほとんどが、大刀・王五や神槍・李書文、馬鳳図、英図兄弟、韓化臣、王子平、張景星、馬賢達といった滄州出身の武術家たちです。これらの武術家は理論よりも実用を重視しています。そういう理由により、これらの武術家の出身地である河北省滄州は『武術の郷』と呼ばれて広く知られているのです。

そんな現在の中国大陸の強い影響を受けたのか、日本でも、今、中国大陸が推進している套路競技主体の武術(WUSHU)が多く伝われ、太極拳連盟という組織を作って、日本各地で普及されています。最近は日本で太極拳だけでなく、八極拳や蟷螂拳、八卦掌等中国武術を教えている道場や教室がいくらでもありますが、中国武術の生徒募集している大半が太極拳連盟に加入していて型(套路)練習ばかりに時間を費やす所が多いのが実情です。例えば、八極拳を練習するのに動きを綺麗に見せないといけないからといって、武術的な要求を失うようなトレーニングをしていたら、武術としては何の役には立ちません!実際、以前アメリカのスポーツ関係者から中国大陸が現在推進している武術(WUSHU)はまるでバレーだと批判されていたのです。

日本でも未だに中国武術について多くの誤解があり、日本ではまだ多くが中国武術を未だに武術として武道として一人前に認められないのも(中には本などを読み漁り、気などで、神秘的にとらえたり、恋焦がれている人たちもいたり、それを煽る出版関係者もいる)こういった理由から挙げられるかと思います。 ついでだから言いますが、伝統の武術の精神や魂をなくして、いくら誌面上で「中国武術を練習して健康の身体を作る」‥といったような題名でアピールしたり、秘境の地で撮ったものをまだ見ぬ秘伝武術と煽って紹介したり、頭でっかちの理論家の投稿を紹介しても、武術の練習に打ち込んでいる人や本物の武術を求めている人の多くはこういうものをもう見ようとは思わなくなってきています。現にそれがかつて日本で中国武術界の伯楽殿といわれていた雑誌がいつの間に無くなった理由の一つとも言われ、その後もときどき別で次から次へと出しているようですが、相変わらず一部のマニアしか盛り上がらない内容なのか飽きられ同じ繰り返しをしているそうではないですか。そうなったのも一概には全てだとは言い切れませんが、これらのメディアだけでなく、日本のマスコミの怠慢かと思われます。マスコミは国民に正確な情報を紹介し、国民はこれをもとにして判断をくだす・・・これが健全な民主主義国家というものであるはずです。これらの文を読んでいただけたらおわかりかと思いますが、日本では全てとは言いませんが、不健全なマスコミやジャーナリスト、武術関係者がいて、自分の都合の良いように情報操作をしているようです。でなければ、ここ数年前に賑わせていたような「毒入り餃子」だって事前に避けられたはずです。

別に、これらのことを鼻息荒く差別しているわけではありません。偏った狭い世界だけの情報だけで判断するのは危ないということです。現に当会に入門された人の中で以前これらの作られた情報で判断をして喜び勇んで某道場に行って騙されたというケースだってあるのです。これらは一部です。当会に入門された人は立ち直るチャンスがありましたが、嫌な思いを一人で抱えながら武術を学ぶチャンスを失った人もいたわけですから。

最近では日本でも本物を見る目のある人が徐々に増えてきて、武術として中身が伴わないと意味がない時代になっており、本物を判断し、本物を身に付くことが出来るのを求めている時代になってきているのではないでしょうか?

当会では馬賢達老師直伝の武術を誤りなく伝えるのが義務なので、今の中国武術界が進めていることから逆流になるかもしれませんが、先人たちの教えをできるだけ正しく広く伝えられるように努めていきたいと思っております。

実際に当会で学んでみると、本来の中国武術とはどのようなものであるのかを強く実感させられことができ、武術修行の経験者であるほど、より強くなるものだそうです。その実感の一端は、「練習生の声」のページで学ぶ者の生の声としてご覧頂くことができ、さらには各業界のプロの専門家及び政府関係者の方たちの推薦の声も頂いております。

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